横にした棒は越えられるが、槍は越えられない
今回は勉強というものを考えます。
時代劇で印象的な場面を見たことがあります。
少年の前に棒が置かれます。
地面に横に置かれた棒は、少年は軽く飛び越えます。
ところが同じ長さの棒を
縦に立てて槍のようにすると、少年は越えられない。
高さは同じなのに、です。
理由は単純です。
横に置かれた棒は
「跳べば越えられるもの」
しかし縦に立った槍は
「刺さるかもしれない危険なもの」
に見えるからです。
高さは同じでも、
心理的な意味がまったく違う。
この場面を見ていて、受験勉強のことを思いました。
受験勉強とは
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知らない自分
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解けない自分
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思い出せない自分
と出会い続ける行為です。
問題を開くたびに、
「分からない」
「間違えた」
「できなかった」
という経験をします。
すると問題は次第に
越えられる棒ではなく
自分を否定する槍
のように見えてきます。
そうなると人は問題を避け始めます。
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問題を開かない
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後回しにする
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解説だけ読む
これは怠けではありません。
人間として自然な反応です。
問題が「槍」に見えてしまえば、
人は飛び越えようとはしません。
では、学習とはどうあるべきでしょうか。
もし問題が
「少し頑張れば越えられる棒」
として見えるならば、
人は自然と挑戦します。
勉強とは本来、
自分が越えられる高さを
少しずつ上げていく行為
なのかもしれません。
そして実は、この考え方には
教育学の世界で非常に有名な理論があります。
それが次回紹介する
発達の最近接領域
という考え方です。
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